問題No.22684 【推理クイズ】泣虫ペダル その2
出題者:名前のない怪物◆[84acc6d]
南阪奈道路の下を通り過ぎ、陰から日向へ出る時、ふいに右横をメリダのMTBがひどく大きな音を立てながら追い上げてきた。
かと思うと、いとも簡単に抜かれる。
迂闊だった。
のんびり走っているとはいえ、たかがMTB、それも明らかにメリダの中でも安物に抜かれるとは! これは、屈辱である。
ただでさえミニベロはタイヤが小さいだけで遅いと思われがちなのだ。今ここで(おそらくサイクルライン新入りの)メリダに抜かれ、抜かれっ放しにしておくということは、教育上よろしくない。
ミニベロロードに乗る者には、それなりの矜持がある。
先の黒モールトンや、しばしば見るガープウインドに跨る者も同じ考えをしているはずだ。
すなわち。
「普通の自転車に負けてたまるか」
と。
そしてまた、メリダ君(仮称)にも思い知らさなければならない。
「貴様程度のMTBでは、闘うミニベロには勝てない」
ということを。
俺は一度深呼吸して、リアを一段軽くする。腰を少し浮かせて、ケイデンスを稼ぐ。
軽い。
クランクが、恐しく軽い。
回転が乗って、次にギアを上げる。フロントはアウターに、リアはそのままで、ぐるぐる回す。
メリダ君はもう二十メートルは先んじている。
だが、案する距離ではない。
スピードが乗る。
リアを一段飛ばし、トップに入れる。
フロント五五丁、リア一一丁の最高ギア比、どこまでも伸びる加速感。
視界はぐっと狭まり、流れる緑とうねるアスファルトのグレーしか見えない。
下ハンドルを引け。
ペダルを蹴り抜け。
俺の気持ちに応じる。
マコは、どこまでも速くなる。
瞬く間に、メリダ君に並ぶ。
このとき、俺はすでにメリダ君のことなど眼中にない。
もとより、敵にもならぬ相手だ。
ただ、もっと速く。
マコが促す。
「もっと速く走れる! もっともっと風に近づける!」
その声に、俺は応じるしかない。
「おおおっ」
知らず声が出る。
メリダ君は突然横に猛烈なスピードで並ばれ、驚いたようだ。
顔に、はてなマークが漂っていることだろう。
しかし、俺はもう自分と闘うだけの自転車乗りだった。
いちいち、隣を気にはしない。
視界の端、俺と同じようにメリダ君も腰を上げてダンシングをする。ギアもトップに替える。
だが。
そこはMTBとロードの違い。
人間の脚力に違いがなければ、どだいロードに勝てるわけがないのである。車体の重さも作りも、思想が全く異なるのだから。
俺は比較的軽く――一旦スピードが乗れば巡航速度を維持するのはたやすい――こぎながら、徐々に開いていくメリダ君との距離を感じつつ、それでも完膚なきまで叩きのめすために走り続けた。
これで彼も、ミニベロにそうそう喧嘩を売らないであろう。
そのあと、二度と誰かに抜かれることはなく、三台とすれ違った。
すれ違った二台は常連で、ヒゲコルナゴと青い鉄人であった――もちろん、名前は俺が好き勝手につけているだけだが。
ヒゲコルナゴは白いヒゲに迷彩柄のヘルメットがナイスなコルナゴ乗りのおじさまで、結構な健脚の持ち主である。俺の足ではついていくのもやっとだ。抜くときは一声かけるという紳士でもある。
青い鉄人は青いジオスを駆る。自転車の乗り方は極めてストイックで、南河内サイクルラインを日に何度も往復しているらしい。脇目もふらず、ひたすら自分の体を酷使している姿はまさに鉄人で、朝に出会い昼に出会い夕方にも出会うことがあるという。やはり、鉄人だ。
南河内サイクルラインのランキングを作れば、間違いなく最強に位置する二人である。こんな二人に出会えるとは、今日は運がいい。
いや、二人とも同じところを往復しているので、後ろから抜かれないか、心底注意しなければならない。たとえ圧倒的な強者相手でも、負けて気持ちのよいことはない。
そうだ。
自転車に乗る以上、一番にならなければ。
どこに、負けるために、遅く走るために自転車に乗る酔狂な輩がいる。
たとえ金剛山からの帰り道で既に三十キロの山道を走った後であっても、補助ルイガノ――補助ブレーキのついた入門用のロードで、ルイガノ製。一応、常連かもしれない――などに負けるのは許しがたいものがある。フロント三枚のビアンキなどにも、だ。
などと思いながら走っていると。
「見たことのない自転車」
右手に併走する堤防の上の道路から、器用に車止めの間を抜け、サイクルラインに坂を下りてくる自転車が見える。
遠目ではっきりと確かめられないが、ライディングフォームからしてロードである。
どっちだ?
マコが敵を見つけて、動揺する。
同じ方向に進むなら闘うべき相手、逆方向に進むなら挨拶を交わすべき相手。
俺はじっと下りてくる自転車を見つめる。
「エスケープミニゼロか!」
叫ぶ。
珍しい。
まず、ミニベロである。この時点で俺は強く共感してしまっているが、それはともかく、初めて実物を見たことが興奮だ。
三角形を三つ重ねた独特のフレームに、ポリッシュのカラーリング。スポークの少ない軽量なホイールと、タイムトライアルを想起させるブルホーンバー。
俺のマコと並んで、『闘える』ミニベロの一つである。
世界一の折り畳み自転車メーカー・ダホンのミニベロ旗艦がマコならば、世界一の自転車メーカー・ジャイアントのミニベロ旗艦がエスケープミニゼロである。
これが、運命というものか。
ミニゼロ(仮称)は軽やかに俺と併走する。
広くないサイクルラインを、二台のミニベロが占拠する。
同じ方向へ進みたいわけだ。
自転車乗りならば、そのサインを見逃すわけには行かないが。
ミニゼロの乗り手は口の端でにんまり笑い、俺のマコをサングラス越しに眺め、そして顎をしゃくってみせる。
示す先は、青い橋。あの橋を境に、サイクルラインは川の向こう岸へと移る。
相手にとって、不足なし。
自転車乗りに、ことばは要らない。
サングラスで瞳が見えなくても、同じものが見える。
その体が応じる。
腕が唸って熱くなる。
足が軋んで強くなる。
高速で回すクランク。
チェーンが悲鳴を上げる。
スリックタイヤがアスファルトに喰らいつく。
闘いは、いつも突然だ。
九キログラムを下回る二つの車体がかまいたちと化して、朝靄に霞むサイクルラインを切り裂いた。
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実際に存在するものを示すものではありません。
泣虫ペダル その2への最新コメント
[219071] (無題)
投稿者::やったあ◆[3379a2b]#[正解者] 投稿日時: 2019-06-08 06:56:29
やったぜ
泣虫ペダル その2の情報
問題作成日:2019-05-20
解答公開日:2019-11-20最終更新日:2019-05-22 23:42:18(更新回数:1)
更新内容:
正解率:4% (正解回数:3 解答回数:69)
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